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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)3196号 判決

控訴人

河村隆二

右訴訟代理人弁護士

石田省三郎

近藤彰子

被控訴人

学校法人関東学院

右代表者理事

高野利治

右訴訟代理人弁護士

安江邦治

本多彰治郎

右安江邦治訴訟復代理人弁護士

木下貴司

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  申立

一  控訴人

1  原判決中被控訴人に関する部分のうち控訴人敗訴部分を取消す。

2  控訴人と被控訴人との間において、控訴人が被控訴人の設置する関東学院大学工学部助教授たる地位を有することを確認する。

3  被控訴人は、控訴人に対し昭和四八年一〇月以降毎月二四日限り一か月一三万九六〇〇円の割合による金員を支払え。

4  被控訴人は、控訴人に対し一〇万円及びこれに対する昭和四八年七月二七日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

6  右3、4項についての仮執行の宣言。

二  被控訴人

主文一項同旨

第二  主張、証拠

当事者双方の主張及び証拠は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示中控訴人と被控訴人に関する部分と同一であるから、その記載を引用する。

一  控訴人の主張

1  原判決は、被控訴人が控訴人を本件解雇にした理由は第一に控訴人が合計六時間にわたり授業ボイコットをしたこと、第二に控訴人が自宅研修期間中に第一審被告岡本正(以下「岡本」という。)から命じられた報告書、その他反省に類する文書の提出をしなかつたことにあり、右理由によれば、本件解雇には正当な理由があり、本件解雇をもつて権利の濫用と目すべき事情は存しない旨認定している。

しかし、右認定は、事態の本質を無視した皮相的な判断であり、被控訴人が控訴人を解雇したのは右第一の理由を直接の原因としたのではなく、自宅研修期間中における控訴人の態度を問題とするものである。したがつて、本件解雇の不当性、違法性を検討するについては、控訴人が本件における行為をするに至つた背景、動機等を子細に検討することが必要であり、また、被控訴人が控訴人を解雇するに至つた真の理由が右各理由にあるのか、あるいは他の不当な意図にあるのかを検討する必要がある。

2  本件における要綱は、種々の問題を含むものであり、この点については原審において述べたほか、次のような問題がある。

要綱は、大学の全学教授会において決議されたが、内容的にはこれを批判し、その適用等について反対の意思表示をして何らかの行動に出ることが絶対に許されないものとはいえない。けだし、大学における学生処分のあり方、これに対する大学教授の対応のあり方からすれば、要綱を絶対的なものとすることはできないからである。しかるに、原判決は、要綱の制定やその適用による学生の処分を絶対的なものとし、これに批判的であつた控訴人の考え方あるいは行動を悪とみなし、かかる立場から控訴人の本件ボイコットや自宅研修期間中における報告書提出の拒否を不当なものと判断したのである。

また、全学教授会における要綱の審議は、極めて短期間に、しかも十分論議されず、更に、要綱の運用に基づく学生の処分は、後記のとおり一事不再理の原則に反し、極めて拙速的に行われた。この点からしても、要綱の決定及びその適用について内部的な批判が生ずるのは当然のことである。

右のような事情から、控訴人は、昭和四七年当時の大学における全共闘系学生と右派系学生との対立の間にあつて、大学教授としていかなる立場に立つべきかについて思い悩み、自らの良心と信念に従つて本件ボイコットという形式で、要綱の制定及び適用について抗議の意思を表明するに至つた。

3  控訴人が本件ボイコットをするに至つた経過は、次のとおりである。

大学の全学教授会は、昭和四七年一月二六日四七対四六の僅差で全共闘系学生四名を除籍処分にする旨の決議をしたが、控訴人は、右処分が全共闘系学生に対する不当に重い差別的処分と考え、これを直接の動機として同年二月三日から同月四日にかけて三こま六時間の授業ボイコットをした。

すなわち、大学にはかねて体連系(右派)自治会と全共闘系自治会があつたところ、大学は、昭和四六年四月に昭和四七年度分以降の大学学生の授業料等の値上げ問題について大学側の主張を有利に導くため右体連系自治会を公認し、その後同自治会とのみ交渉するなどして差別的な対応をしてきたので、右両自治会の対立は激しくなつていた。右のような事態にあつて、昭和四六年当時学長であつた大道寺達は、その主導の下に学生の処分に関する学則の見直をするための改革委員会を設置し、これに対応して岡本は、その主導の下に実行委員会を設置したところ、右両委員会における学生に対する対応には差異があり混乱がみられたが、基本的には体連系学生に肩入れするものであつた。岡本は、学長代行就任前の昭和四七年一月五日暴力排除の名目で全共闘系学生を説得するため、なぎさホテルにおいて右両自治会の学生の代表者を集めて暴力を排除する旨を説得し、これを約束させたが、その際、控訴人は、学生の信頼が厚かつたことから、岡本より同席して学生を説得することを依頼されて右説得活動をした。

しかるに、体連系学生は、昭和四七年一月一七日右約束に反して全共闘学生を一方的に襲撃するに至つた。岡本は、これより先昭和四七年一月一六日学長代行に就任していたが、右襲撃事件の発生を口実として、全共闘系自治会の学生を弾圧するため、その主導の下に同年一月二二日要綱を制定し、同年一月二六日にこれを適用し、これより先同年一月二五日学内で数分間演説をしたにすぎない三浦ら学生四名を除籍処分にした。

しかも、右学生四名の処分については、工学部教授会は、昭和四七年一月二五日当初は除籍を含まない処分をする旨決定したにも拘らず、翌一月二六日再度審議し除籍処分にする旨決定した。右決議は、手続的にみて一事不再理の原則に反し不当なものであつた。

以上の次第で、控訴人は、大学側の依頼で全共闘系学生に対し暴力を排除する旨を説得する場に立ち会い、右学生の暴力行為に加担したり、支援したりすることは全くなかつたところ、大学側は右説得を守つていた全共闘系学生の処分を強行するという理不尽な態度に出たため、控訴人は、自らの良心と信念に従い、やむをえず、これに対応して抗議の意思表示として本件ボイコットに及んだものである。

4  控訴人が自宅研修を命じられ解雇されるに至つた経過は、次のとおりである。

岡本は、学長として、昭和四七年三月二四日控訴人に対し原判決事実摘示控訴人の請求原因3(二)の第一次自宅研修命令を発したが、右命令発付の理由は次の五点にあつた。すなわち、(1) 控訴人が昭和四七年二月二三日の工学部教授会、同年三月一日の基礎科目教室会議への出席を要求したこと、(2) 控訴人が単位認定資料の不提出により基礎科目教室及び学生を困惑させたこと、(3) 控訴人が要綱及び学生の除籍処分の撤回を主張していること、(4) 控訴人が昭和四七年二月一七日付工学部教授会処分の撤回を主張していること、(5) 控訴人が右(3)、(4)の主張を将来も維持する意思を有していることである。

岡本は、控訴人に対し昭和四七年八月八日口頭で、同年九月四日書面をもつてそれぞれ(1) 自宅研修について報告すること、(2)要綱及び学生の除籍処分撤回の主張を従前のような言動をもつて行わないとの約束をすること、(3) 右約束に反した場合にはいかなる処分にも服する旨の誓約をすることを求めた。控訴人が右要求に応じなかつたところ、岡本は、昭和四七年九月五日これを理由として控訴人に対し右請求原因3(三)の第二次自宅研修命令を発した。

岡本は、昭和四八年三月一七日控訴人に対し書面をもつて(1) 反省と遺憾の意及び工学部教授会への忠誠を公式文書で表明すること、(2) 要綱の遵守を文書で誓約すること、(3) 学長の方針を遵守することについて文書で誓約すること、(4) 右(1)ないし(3)に反した場合にはいかなる処置にも服すること、(5) 自宅研修について報告書を提出することを求め、昭和四八年三月二八日正午までに文書によりこれを応ずるかどうかを回答することを求めた。控訴人が右要求に応じなかつたところ、岡本は、昭和四八年三月一七日右請求原因3(四)の第三次自宅研修命令を発した。

被控訴人は、昭和四八年九月一八日控訴人に対し書面をもつて第三次自宅研修命令の期間満了の翌日である同年一〇月一日をもつて解雇する旨の通告をしたが、その理由は控訴人が要綱及び学生の除籍処分撤回の主張を変えず、本訴を提起したことにあつた。

以上の次第で、学長である岡本の控訴人に対する自宅研修命令は、控訴人において自宅で従前要綱及び学生の除籍処分撤回の主張をしてきたことを反省し、謹慎することを求めたものであり、また、被控訴人の控訴人に対する解雇は、控訴人が従前右のような主張をしてきたことについて反省、遺憾の意を表明せず、工学部教授会、学長の方針、要綱への忠誠を誓わず、従前の主張を変えなかつたことを理由とするものであり、控訴人が本件ボイコットを行つたことを理由とするものではなかつた。

5  岡本の控訴人に対する自宅研修命令は懲戒処分であり、その理由は次のとおりである。

岡本の前記第一次自宅研修命令は、前述したところから明らかなように、控訴人が昭和四七年二月一七日付工学部教授会の処分に従わず、要綱及び学生の除籍処分の撤回の主張を続けていることに対する制裁としてなされ、一種の謹慎処分、すなわち出勤停止処分であつて、業務命令ではない。けだし、他人に対し反省を求め、自己批判を求めることは、使用者が指揮命令を発して労働者が労務を提供するという通常の労使関係の場のみならず、学問の自由、思想の自由が支配する大学においては殊更に業務命令ではありえないからである。

右に述べたところは、前記二次及び第三次自宅研修命令についても同様である。特に、第三次自宅研修命令は、控訴人に対し教学権の停止処分を明示せず、専ら反省と遺憾の意を表明、教授会への忠誠、要綱・学長の方針遵守の誓約を求め、制裁としての性格が一層顕著である。

ところで、一般に懲戒処分においては、懲戒事由が明定されていることが要請されるところ、被控訴人においては教員に対する懲戒規定はないから、懲戒処分は許されない。また、仮に右懲戒処分が許されるとしても、被控訴人のような大学においては、一般私企業の労使関係とは異なり、懲戒権者が誰であるかは明白でなく、学長が懲戒権限を有するという根拠もない。原判決の判示するとおり被控訴人の職制に関する規定中の「大学学長はその大学を統理する」との規定により、学長に懲戒権が発生するとはいえない。したがつて、第一次ないし第三次自宅研修命令は、懲戒の権限を有しない学長である岡本が発したものであつて、無効である。

のみならず、第一次自宅研修命令は、前記4第二段記載(1)ないし(5)の控訴人の言動を理由とするものであるが、右理由は懲戒処分の理由とはなりえないものである。すなわち、右(1)、(2)は、控訴人が昭和四七年二月一七日付工学部教授会の処分に違反したことをいうところ、右処分は控訴人が同年二月二一日本件ボイコットの中止宣言をしたことにより効力を失つたのであり、また、右(1)、(2)の言動は、これによる影響が皆無であり、半年間に及ぶ自宅謹慎の理由とはなりえない。更に、右(3)ないし(5)は、控訴人の意見、主張をその対象とするところ、個人がいかなる意見、主張を持ち、これを表明したとしても、何人もこれを非難することができないことは、思想及び良心の自由を保障する憲法一九条に徴し、明らかである。

仮に第一次自宅研修命令が正当なものであるとしても、被控訴人の控訴人に対する懲戒処分は右命令により完結し、その後の第二次及び第三次自宅研修命令は二重、三重の懲戒処分であつて、無効である。しかも、第一次自宅研修命令は、半年間の自宅研修及び教学権の停止のみを内容とするものであり、報告書を提出することや要綱及び学生の除籍処分撤回運動を行わない約束をすることをその内容とするものではないのに、岡本は、前記4第三段記載のとおり昭和四七年八月八日及び同年九月四日の二回にわたり控訴人に対し三項目の要求をし、控訴人がこれに応じないことを理由として第二次自宅研修命令を発したが、右三項目の要求は、反省と誓約を強要するものであり、控訴人の内心の自由を侵害するので、業務命令には該当せず、無効である。また、前記4第四段記載のとおり、岡本は、昭和四八年三月一七日控訴人に対し五項目の要求をし、控訴人がこれに応じないことを理由として第三次自宅研修命令を発し、その後本件解雇がされたが、右五項目の要求も前同様業務命令には該当せず、無効である。

以上の次第で、岡本は控訴人に対し無効な懲戒処分としての自宅研修命令を三回にわたり発し、その結果、本件解雇がされたから、本件解雇は正当性がない。

6  本件解雇は、客観的合理性がなく、恣意的に行われた不当なものである。

前記4、5記載のとおり、本件解雇は、控訴人が従前の態度について反省、遺憾の意を表さず、工学部教授会への忠誠を表明せず、学長の方針、要綱の遵守を誓約しなかつたことを理由とするものであつて、本件ボイコットをその理由としなかつたところ、個人の内心の意思の自由に属する事柄について反省や誓約を表明することを強制することは、いかなる形式をもつてしても許されないのであり、右強制に応じないことは、なんらの非違行為をも構成するものではない。なお、控訴人は、要綱及び学生の除籍処分撤回の主張をしたが、右主張に基づいて非違行為と見なされる行為をしたことがない。

また、昭和四七年二月一七日付工学部教授会の処分は、工学部教授会の名で行われたが、その後、岡本は、控訴人の所属する工学部教授会の審議、決議を経ることなく、直接控訴人に対し自宅研修命令を発し、誓約書、反省文を要求し、控訴人がこれらに応じないことを理由として理事会をして控訴人を解雇させた。この間、控訴人は、岡本との間で大学が昭和四四年以来直面してきた種々の事態との関連で広範な論点について長文の書面をもつて論争を繰り返したが、その論争は管理する者としての学長の立場と管理される者としての教員の立場に基づくものではなかつたにも拘らず、岡本は、自己の考え方に反対する控訴人を排除するため、学長名で控訴人に対し種々の命令を発し、その帰着点として昭和四八年三月一七日付の前記五項目の要求をし、更に、控訴人が同年七月六日本訴を提起すると、これは控訴人が岡本に対する反対の意思を対外的にも明らかにしたものであるとして本件解雇に及んだ。

以上の次第で、本件解雇は、客観的合理性を具備した解雇であるとはいえない。

7  本件解雇は、控訴人の思想、信条を理由とした差別的取扱であり、憲法一九条、労働基準法(以下「労基法」という。)三条に違反し、無効である。

被控訴人は、控訴人を解雇した理由として、(1) 控訴人が要綱と学生に対する処分の撤回を目的として本件ボイコットを行い、工学部教授会による授業ボイコット撤回の申入をも無視したこと、(2) 控訴人が自宅研修中も反省の色がなく、要綱と右処分の撤回を主張してそのための運動を続けることを表明したこと、(3) 控訴人が被控訴人らの要求にも拘らず、学内暴力の行使を支持する言動を改め、二度と授業ボイコットその他の実力行使をしないという誓約をせず、今後も大学の秩序を乱し、業務の運営を阻害するおそれがあることを挙げている。

しかし、控訴人は、前記のとおり昭和四七年二月二一日には授業ボイコットを中止する旨を表明したから、右(1)の理由はすでに消滅していた。右事実によれば、被控訴人が控訴人を解雇した真の理由は、控訴人が要綱と学生処分の撤回を主張し続けたことにあるのである。

被控訴人は、控訴人が右のような主張をしたうえ、これを行動によつて表現する可能性があり、かかる控訴人の態度は、大学解体を目的とする全共闘系学生の運動を鼓舞し学内暴力の行使を支持することとなり、大学の秩序と業務の運営を阻害するおそれがあるから、控訴人を大学から排除しない限り大学の存立を守ることができないと主張している。しかし、控訴人は、大学解体を目的とする全共闘系学生運動の支持者ではなく、また、その目的を達するために学内暴力の行使をも辞さないとの考え方を肯定するものでもない。控訴人が本件ボイコットにより主張し、かつ、自宅研修中一貫して主張したのは、要綱の制定過程が余りにも拙劣で十分な討議を経ないものであるところ、要綱により現実に学生の処分がされたが、かかる一連の処置は一方的、弾圧的であつて、大学教員が学生を遇するのに欠くことができない教育的配慮を欠くということであり、また、控訴人が右主張を通じて岡本又は工学部教授会に求めていたのは大学教員としての良心であつた。

ところで、憲法一九条、労基法三条は、労使関係においても、内心の自由とこれを表現することについて保障することを要請しているのであり、表現された具体的行動が企業秩序を著しく乱し業務を阻害した場合にはじめて、労働者に対する差別的取扱を是認しているにすぎない。企業は、労働者の思想、信条が実践的志向を有するからといつてその労働者について差別的取扱をすることが許されず、したがつて、企業が労働者に対し一定の主義、主張を有することを表現せず、又はこれらを実践しないことを誓約することを業務命令として求めること自体は、差別的取扱にあたり、更に、労働者がかかる誓約をしないことを理由として解雇することは許されないのである。

本件において、控訴人が要綱と学生処分に反対するという主張を維持し、被控訴人からの右のような誓約に応じなかつたのは当然である。したがつて、被控訴人において控訴人が右誓約をしなかつたことを理由としてした本件解雇は、思想及び良心の自由を保障した憲法一九条に違反し、差別的取扱を禁止した労基法三条に違反し、無効である。

8  本件解雇は、解雇同意約款に違反し無効である。

被控訴人と関東学院大学教職員組合(以下「組合」という。)とは、昭和四三年一二月二五日組合員の身分に関する協定(甲第五二号証、以下「本件協定」という。)を締結したが、本件協定には「関東学院及び大学(甲)は、教職員組合(乙)の組合員に対する処分はすべてその処分の正当なる理由を(乙)が認めない限り行なわない」と規定されている。そして、右処分には解雇が含まれるところ、本件協定の規定は、労働組合法一六条にいう「労働者の待遇に関する基準」に該当し、いわゆる規範的効力を有し、これに違反する解雇は無効である。

ところで、本件においては、本件解雇は前記のような経過でされたが、組合が組合員である控訴人について本件協定にいう協議を受け、又はその処分の正当性について同意を与えたことはなかつたから、本件解雇は、本件協定に違反し無効である。

もつとも、被控訴人は、昭和四七年一二月二五日組合に対し書面をもつて昭和四八年三月三一日限り本件協約を解除する旨の通告をした。しかし、仮に本件協定が失効したとしても、その有効期間中に締結された労働契約は、継続的法律関係としての性格上、その後特にその内容を変更する行為が行われない限りその待遇に関する基準を内容としたまま存続するものである。したがつて、本件協定において、解雇同意約款が定められている以上、本件協約の失効後も控訴人は、組合の同意なく解雇されないという従前からの労働契約上の地位を保障されているから、本件解雇は右のとおり無効である。

仮に右解雇同意約款の解除について右のような余後効が認められないとしても、右解除の通告が控訴人の自宅研修期間中の昭和四七年一二月二五日にされたところ、当時組合は、被控訴人側の控訴人に対する処置に反対しており、被控訴人から控訴人の解雇について同意を求められても、これを拒否するであろうことが予測できた。したがつて、右解除の通告は権利の濫用として許されないものであり、本件解雇については組合の同意を要するものであつた。

二  被控訴人の主張

1  本件解雇に至る経過

(一) 大学における学園紛争

原判決事実摘示被控訴人主張2(一)のとおり大学においては、全共闘系学生が昭和四三年五月ごろから昭和四七年一月ごろまでの約三年八か月の長期にわたり建物の封鎖、破壊、教職員及び一般学生に対する暴行、授業妨害、その他大学の業務の妨害等の学内暴力の行使をした結果、昭和四七年一月に至り、これ以上紛争が続けば、大学は財政面から、また、大学存立の理念からも崩壊する危機にさらされていた。

(二) 要綱の制定

被控訴人は、右のような学園紛争の状況、特に昭和四七年一月一七日の全共闘系学生と一般学生との激突をみるに及び、学内暴力の根絶を図る必要があることを認識した。その際、右のように認識されたもののうち主要な事項は、次のとおりであつた。すなわち、全共闘系学生は教授会の説得に耳をかさず、論議を無限に引き延ばし、その間に破壊行為を行い、学内暴力を行使するのが常であること、右暴力により大学の財政的危機は深刻化し、大学の存続が危機にあつたこと、学生同士の衝突等の事態については学長、教授会が主体性を確保して解決を図ること、今後の学内暴力に対する規制は過去の経過からみて具体的で、かつ、実効性のあるものでなければならず、紛争の萌芽、紛争可能の状態を除去するものでなければならないこと、学内暴力を行使してはばからぬ者は除籍処分とするほかには大学の存立の道はないこと等であつた。

この結果、学長代行であつた岡本は、全学教授会に諮つたうえ、昭和四七年一月二二日付で要綱を制定した。

(三) 要綱に違反した学生の処分

原判決事実摘示被控訴人の主張3のとおり、三浦俊一ら全共闘系学生四名は、要綱制定後再開された授業第一日目の昭和四七年一月二五日の午前中要綱に違反し、授業時間中にハンドマイクで演説を行い、学長代行であつた岡本の制止を無視し、他の全共闘系学生らは、岡本を小突き、突き飛ばすなどの暴行をした。その結果、大学は、要綱の定める手続に従つて昭和四七年一月二六日付で右三浦ら学生四名を除籍処分にした。

大学の右除籍処分が正当であつたことは、右除籍処分が中央教育審議会の昭和四四年四月三〇日付の「当面する大学教育の課題に対応するための方策について」と題する答申の趣旨、すなわち、学内暴力は許されず、大学の秩序を守る方策が考えられなければならず、大学の秩序を乱すものの責任が問われなければならないとの趣旨に合致するものであること、大学が要綱の制定と除籍処分により、全共闘系学生による学内暴力の行使を殆んどなくさせて学園紛争を辛うじて収拾することができたことに徴し、明らかである。

(四) 控訴人の授業ボイコット

原判決事実摘示被控訴人の主張4(一)、(二)のとおり、控訴人は、全共闘系学生の学内暴力による大学解体運動を支持し、前記三浦俊一ら学生四名の除籍処分に反対し、その反対運動として昭和四七年一月二九日授業ボイコット宣言をした。

本件ボイコットは、一般学生に少なからぬ動揺を与え、他方、全共闘系学生を大いに鼓舞し、暴力による大学崩壊運動を盛り上がらせることになり、大学の正常化に挑戦し、大学の業務の正常な運営を阻害し、その秩序を著しく乱したものであつた。けだし、授業は大学存立の基盤であり、これをボイコットすることは教員として許されないことであり、しかも、当時学園紛争がようやく収拾しかけ、教職員、一般学生は、これまで十分に行えなかつた授業を落ち着いた状況で行い、かつ、これを受けようとしていたところであつたため、本件ボイコットが教職員、一般学生に与えた影響は少なからぬものであつたからである。そこで、工学部教授会は、昭和四七年二月九日控訴人に対し書面(乙第一二五号証)をもつて直ちに授業ボイコットの意思表示を撤回し、今後授業ボイコットを行わないように要請する旨を申し入れたが、控訴人は、書面(乙第一二六号証)をもつてこれを拒否し、授業ボイコットを継続した。工学部教授会は、学園紛争の再燃を防止し、大学が学生及び社会に負担している責任を履行するため、控訴人を教学組織から一時排除するほかはないとの結論に達し、前記被控訴人の主張4(四)の措置をとる旨決定し、昭和四七年二月一七日控訴人に対し書面をもつてその旨の通知をした。

(五) 控訴人に対する大学学長の措置

原判決事実摘示被控訴人の主張4(五)のとおり、控訴人は、昭和四七年二月二一日岡本及び工学部教授会に対し同年四月以降は本件ボイコットを取りやめる旨の文書(乙第一三〇号証)を送付したが、右書面は、前記昭和四七年二月九日付工学部教授会の書面による要請を無視し、自己の行為の重要な責任について一片の釈明も自己批判もなく、要綱及びこれに基づく学生処分を批判し、今後学内暴力を肯定して大学解体運動を支持する行為をしないという趣旨が全く含まれていなかつた。

学長である岡本は、工学部教授会から問題の処理を一任されたので、控訴人の真意を確認するため、原判決事実摘示被控訴人の主張4(六)のとおり控訴人に対し昭和四七年二月二二日付(乙第一三一号証)及び同年三月三日付(乙第一三三号証)書面をもつて要綱及び学生処分撤回の要求を取りやめる意思があるかどうかを問いただしたところ、これに対し、控訴人は、昭和四七年三月二日付(乙第一三二号証)及び同年三月七日付(乙第一三五号証)書面をもつて回答したが、右回答は、いずれも要綱及び学生処分の撤回を求め、そのため抵抗する態度をとるというものであつた。のみならず、控訴人は、その後右被控訴人の主張4(六)のとおり工学部教授会等への出席を強要するなどした。

そこで、岡本は、学長としての大学統括権及び業務指示命令権に基づき、前記被控訴人の主張4(七)ないし(二)のとおり控訴人に対し第一次ないし第三次自宅研修命令を発したが、この間、控訴人は、岡本の要求にも拘らず、自宅研修について報告書を提出せず、学長の命令は根拠がなく、学生処分について再考すべきであるなど主張し、自己の行動を反省するところがなかつた。

(六) 控訴人の解雇

岡本は、前記のとおり控訴人に対する第一次ないし第三次自宅研修命令により、控訴人が大学の学生及び社会に対する責務の大きさを理解し、二度と学園紛争を起こさないようにすること、控訴人が自己の行つた本件ボイコットが大学に悪影響を与え、大学の正常化を阻害したことを悟り、もつて自己の行為を反省して今後再び同種の行為をしないとの誓約をし、大学の他の教職員と一体となつて大学の正常化に力を尽すことを説得して期待した。しかるに、控訴人は、要綱及びこれに基づく学生処分の撤回を要求し、本件ボイコットに対する一片の反省もなく、今後も同種行為を再び繰り返さないとの保証をしなかつたから、被控訴人は、原判決事実摘示被控訴人の主張5(一)のとおり控訴人を解雇した。

2  本件解雇の理由

本件解雇の理由は、原判決事実摘示被控訴人主張5(二)のとおりであつて、控訴人は、大学の秩序を著しく乱し、その業務の正常な運営を阻害し、また、今後も大学の秩序を著しく乱し、業務の正常な運営を阻害するおそれがあつたものであり、被控訴人のした本件解雇は、正当な理由に基づくものである。

3  本件解雇当時の大学の状況

大学は、前記のとおり要綱の制定及びこれに違反した学生の処分により辛うじて紛争を収拾し大学崩壊の危機を免れたが、その後も大学は常に紛争可能の状況にあり、全共闘系学生は、機会あるごとに学内暴力を行使しようとし、大学は要綱の存在による警告的効果によつて右暴力の行使を防止しており、要綱を廃止しうるほど大学の秩序が回復していなかつた。

すなわち、昭和四七年一月二二日要綱が制定された直後には学内暴力の行使は殆んどなく、授業中のデモとか演説が散発的に行われていたにすぎなかつたが、日時が経過するにつれて学内デモは日常化し、昭和四八年六月二六日には全共闘系学生約八〇名が学長の制止を無視して学内で激しくデモを繰り返し、自治会役員、一般学生に襲いかかつて暴行を加えた。更に、全共闘系学生は、昭和四九年に入ると、学費改定防止、寮再建要求のための闘争と称して、授業妨害、試験妨害を繰り返し、同年一月一四日午後六時三〇分ごろ大学一号館第一会議室に約一〇名が乱入し、折から夜間部の学生に学費値上げの理由を説明していた岡本を小突くなどして傷害を負わせ、次いで同年一月一七日ヘルメット集団で体育部連合会本部を襲つてガラス等を破壊し、次いで同年一月二二日大学四号館から持ち出した椅子、机等で大学青雲寮玄関前にバリケードを築き、次いで同年一月二三日約六〇名でヘルメットを着用し、鉄パイプ、角材等を持つて当時体育部連合会の定期総会が開催されていた大学七号館一〇七号教室に乱入し、会議に出席していた学生を滅多打ちにして約三三名の学生に傷害(内約二二名は重傷)を負わせ、大学をして昭和四九年一月二三日から同年二月二日までの間休校の措置をとらせた。

右のような状況からして、岡本が控訴人を学内に復帰させるについて控訴人が学内暴力を肯定する運動の支持をしないことの保証を必要としたことは極めて正当であり、根拠のあるものであつた。

4  控訴人の主張に対する反論

(一) 前記控訴人の主張1ないし7は争う。

同8のうち、被控訴人が昭和四八年九月一八日本件解雇をするについて組合の同意を得ていないことは認めるが、その余の点は争う。

(二) 要綱の制定と違反学生の処分

全学教授会は、昭和四七年一月二二日午後一時三〇分から午後三時三〇分までの二時間の審議時間のうち約一時間三〇分を要綱の審議にあて、その問題点について十分な討議を尽し、圧倒的な多数をもつて要綱を可決、承認した。

また、工学部教授会が要綱に違反した学生を除籍処分とした決議は、一事不再理の原則に反するものではない。すなわち、教授会の決議は、大学の意思決定として正式に外部に表明されない限り、一たん決議があつても、再度の考案を行うため再審議しうるのであり、一たん決議があれば、それが内部的に教授会を拘束するという一事不再理の原則はない。

(三) 控訴人の授業ボイコットの経過

大学における授業料値上げは、学則の変更を伴うものであり、被控訴人の理事会の審議、決定事項であり、昭和四六年四月当時その準備作業が事務局で行われていたが、学生の意見を聞くべき事項ではなかつた。しかるに、全共闘系学生は、授業料値上げ反対の闘争スローガンの下に大学解体運動を推進した。

大学は、授業料値上げ問題について大学側の主張を有利に導くため体連系自治会を公認し、同自治会のみと交渉を行つたことはない。大学の公認していた学生自治会は、大学の全学生を代表する学生自治会(会長白根和夫)であり唯一の正規の自治会であつて、右派系自治会ではない。そして、右学生自治会も授業料値上げには反対の態度をとり、理事会に対し値上げの理由を公開することを求めていた。

大道寺達が学長であつた昭和四六年当時、大学においては全共闘系学生による学内暴力の行使があつたことを契機として、学生処分問題を見直すため、教員を構成員をする大学改革委員会が設けられたが、学生処分の可否に関するイデオロギー論争に終始したのみであり、昭和四六年一二月には事実上その組織が消滅した。他方、昭和四六年一二月当時大学の一教員であつた岡本の提唱により実行委員会が設けられたが、右委員会は、全共闘系学生と一般学生との衝突を回避する目的で教員としてできる限りの努力を行うために有志教員により組織されたものであつて、大学改革委員会とは目的、性格を全く異にするものであつた。したがつて、大学において大学改革委員会と実行委員会が存在したからといつて、教授会内部で学生に対する対応の仕方に混乱があつたとはいえない。

ところで、岡本を含む実行委員会のメンバーは、昭和四七年一月五日なぎさホテルにおいて全共闘系学生のリーダーに会い、学内暴力の行使をやめるように説得したが、控訴人に依頼して控訴人をその場に立ち合せたことがなく、また、右学生が岡本に対し学内暴力をやめることを約束したことがなく、かえつて、岡本の説得を絶対に受け入れようとしなかつた。控訴人は、実行委員会のメンバーではなく、かねて全共闘系学生を支援していたから、右学生が実行委員会のメンバーにより押え込まれないように監視するため右ホテルに押しかけてきたものにすぎない。

全共闘系学生四名の処分については、そのうち二名が工学部所属の学生であり、他の二名は経済学部所属の学生であつたため、岡本は、学長代行として要綱に基づき工学部教授会及び経済学部教授会の先議を求めた。昭和四七年一月二六日右両学部教授会は、右学生四名の行為が要綱に規定する学内暴力に該当することを認めたが、感傷的な恩情主義からして、要綱が違反については除籍処分のみを定めているのに、除籍処分以外の処分を主張する者が多く、その結果、工学部教授会は、右学生二名に対する処分として除籍を含まない処分をすることとし、その具体的内容を学長代行及び工学部長に一任する旨を申し合わせた(甲第二四号証)。また、経済学部教授会は、処分について結論を出すに至らなかつた。岡本は、昭和四七年一月二六日右両学部長から報告を受けて右両学部教授会の結論に矛盾があり要綱を空洞化させることになると指摘し、両学部長に対し再審議することを要請し、その結果、工学部教授会は、翌一月二七日改めて審議を開催し、工学部所属の学生二名に対し除籍処分をする旨を決議した(乙第一七六号証)。

なお、要綱によれば、学長には介入権が定められ(第四、A、4)、また、学長は、右介入権を行使しないとしても、大学全体の立場から教授会に対し再審議を要請することは教授会の決定が正式に発表されない限り何時でも可能である。けだし、大学の学長は、学生を退学処分とする最終決定権を有するから(学校教育法一一条、同法施行規則一三条二項)、学生が学校の秩序を乱し、その他学生としての本分に反した場合には、その学生を退学処分(除籍処分は退学処分の一つの類型)とすることができ、また、学生の行為が退学処分に相当するかどうかは学長の合理的な裁量権に委ねられているからである。

控訴人が本件ボイコットをするに至つた信念と良心とは、大学を崩壊に導く全共闘系学生の運動を支持し、大学解体を是認し、そのためには学内暴力の行使も肯定されるという特有の世界観であり、かつ、それは、思想として内在するにとどまらず、授業ボイコットの形で表明され、大学の秩序を乱し、業務を妨害し、全共闘系学生の学内暴力を助長する行為となり、正当性を有しないものである。

(四) 控訴人に対する大学学長の措置と懲戒処分

(1) 岡本が控訴人に命じた自宅研修の措置は、懲戒処分ではなく、学長の業務上の指示命令である。すなわち、右措置は、前記のとおり控訴人の行為が大学の秩序及び正常な業務を阻害するおそれがあつたためにされたものであり、かつ、控訴人に対し反省の機会を与え、控訴人が右のような行為を再びしないことの保証が得られた場合には控訴人を再び職場に復帰させるために必要な冷却期間をおく措置であつた。

学校法人と教員との身分上の法律関係は、両者間に締結される雇用契約によつて定められる雇用関係であるが、雇用関係においては、雇用者は被用者に対し役務の遂行について指示命令権を有し、被用者は右命令に従うべきものであるところ、被控訴人が教員である控訴人に対し指示命令権を有するのは当然である。ただ、大学の設置を目的とする学校法人においては、教員が学問の研究及び教員に携わる者であるので、教員に対する指示命令権の行使は憲法二三条、教育基本法一〇条に違反するものであつてはならないところ、教育、研究の内容に立ち入つてはならないという制約を受けるにすぎない。

また、教育組織体である学校法人は、その設置する学校を存続、発展させる社会的責務を負い、そのために学校法人に属する学校を正常に管理運営する権限を有するから(私立学校法三六条)、教員に対し大学の管理運営権の内容として、大学の使命達成、教育組織体としての機能発揮のための指示命令権を有するのである。そして、右指示命令権は、教員の言動が組織体の維持、発展を阻害する場合には、その秩序維持のため当該教員を必要な期間、組織体の管理運営面から排除し、就労させないこと、すなわち、当該教員の教授活動を禁止し、就労させないことを指示する権限を含むのである。そして、学校法人の有する右管理運営権及び指示命令権のうち、教学に関する部分は、法律上学校の長に委ねられており(学校教育法五八条三項)、被控訴人の職制(乙第四号証)にもその旨が定められているから、その権限は学長がこれを行使しうるのである。

以上のとおり、岡本が控訴人に対し自宅研修を命じた措置は、右のような学長の権限に基づきされた業務上の措置であつて、懲戒処分ではない。

(2) 控訴人は、右自宅研修の措置は控訴人をして自宅で要綱及び学生の除籍処分撤回の主張をしこれを表現したことを反省させるための謹慎であり、また、右のような主張をしたことに対する制裁としての謹慎処分であり、出勤停止処分であるところ、業務命令をもつて他人に反省を求め、自己批判を求めることができない旨主張する。

しかし、岡本が控訴人に対し自宅研修の措置を命じた理由は、前記(1)に述べたとおりであつて、崩壊の危機にあつた大学の秩序回復のため他の教職員が努力しているのに、控訴人は、要綱及びこれに違反した全共闘系学生の処分に反対し、かつ、本件ボイコットをして全共闘系学生を力づけ、大学の秩序を乱して業務を阻害し、しかも、その行為の正当性を主張し続け、再度同種の行為を反復すること等が予想されたうえ、前記のとおり工学部教授会の措置を無視する行為を繰り返していたので、岡本は、大学の正常な運営を維持し、大学紛争の再燃を防止するため、控訴人を大学の教育組織の運営から一時排除するほかはなかつた。

したがつて、右自宅研修の措置は、控訴人に対する制裁、懲戒としてされたものではなく、また、控訴人の本件ボイコットと関係なく控訴人の主張のみを問題とし、これを反省させるためにされたものではない。もつとも、自宅研修は、それを受ける者にとつては一つの反省の機会であり、また、それを受ける者を職場に復帰させても大学の秩序及び業務の阻害がされなくなるまでの冷却期間であるという意味を持つたが、これらは自宅研修がもたらす付随的効果というにすぎない。また、右に述べたところによれば、右自宅研修の措置は、控訴人の意見、主張を対象とするものではなく、具体的言動及びこれによる具体的危険を考慮するものであり、控訴人の思想及び良心の自由を侵害するものではない。

(3) 昭和四七年三月二四日付自宅研修命令発付の理由は、前記控訴人の主張4第二段記載(1)ないし(5)の五点のみを理由とするものではなく、岡本の控訴人に対する自宅研修命令告知の文書(乙第一三七号証)にも明らかなように、控訴人が要綱及び学生処分に反対するための授業ボイコットの宣言をしてこれを実行し、これに対する工学部教授会の中止の勧告を聞き入れなかつたことを理由とするものである。

岡本は、昭和四七年九月一八日付で右自宅研修命令を更新したが、それは、控訴人が岡本の申し入れた前記控訴人の主張4第三段(1)ないし(3)の三項目の要求に応ぜず、当時の学内状況からみて控訴人を大学に復帰させる最低の条件が充足されなかつたためである。次いで、岡本は、昭和四八年三月二八日付で前記自宅研修命令を更に更新したが、その理由も前記と同様である。そして、右更新された自宅研修命令は、昭和四七年三月二四日付自宅研修命令の延長にすぎず、控訴人の主張するように第一次ないし第三次自宅研修命令という三つの異なつた自宅研修命令が発付されたのではない(乙第一四〇号証参照)。

控訴人は、前記控訴人の主張4において岡本が昭和四八年三月一七日控訴人に対し書面をもつて五項目の要求の一つとして、「工学部教授会への忠誠」を表明することを求めた旨主張するが、岡本が要求したのは、「工学部教授会の方針に対する忠誠」ということであり(乙第一四一号証)、それは、工学部教授会の決定に従うこと、特に、工学部教授会の決定に現れている学内暴力一掃の方針に従つて貰うという趣旨である。

また、控訴人は、右五項目の要求の一つとして、「学長の方針を遵守することにつき文書で誓約すること」を問題とするが、右学長の方針とは、前述したところによれば、学内暴力一掃という趣旨であり、学長の方針のすべてを指すものではない(乙第一四一号証)。

右五項目のその他の要求も控訴人に対し工学部教授会等に人格的に忠誠を表明し服従する義務を課したものではない。

なお、控訴人は、第三次自宅研修命令には教学権の停止処分は明示されず、控訴人に対し専ら反省、遺憾の意を表明、教授会への忠誠、要綱及び学長の方針の遵守の誓約を求め、制裁としての性格を一層顕著にしている旨主張するが、岡本が控訴人に対し自宅研修を命じた昭和四八年三月二八日付書面(乙第一二七号証)によれば、岡本の控訴人に対する昭和四七年三月二四日付、同年九月一八日付、昭和四八年三月一七日付各書面が援用されているところ、右各書面には教学権の停止処分が明示されているのである。

(4) 控訴人は、昭和四七年二月二一日付書面(甲第九号証)により本件ボイコットを中止する旨を表明したから、同年二月一七日付工学部教授会決定による教授会等への出席禁止及び教授活動等の禁止措置は、その効力を失つた旨主張する。しかし、右工学部教授会の決定は、一定の条件の成就によりその効力が消滅するということが決議自体に明示されず、解除条件付でされたものでないところ(乙第一二六、一二七号証)、右決議が取消されたことはなく、本件解雇の時まで有効に存続していた(乙第一四五号証、甲第四〇号証)。

右工学部教授会の決定は、前記のとおり控訴人の本件ボイコットが大学が及ぼした回復し難い悪影響の波及を避け、大学の責任を果たすため、一時工学部の教学組織から控訴人を排除して、控訴人の本件ボイコット、工学部教授会の要請無視等による業務の阻害を排除し、その阻害の増大を防止するためにとられた公式の措置であり、その成立手続、その内容の重大性からみて、教授会の決議による取消がなければ、その効力を消滅させることができないものである。そして、工学部教授会は、控訴人の右昭和四七年二月二一日付書面を検討したが、控訴人の申入の内容が即刻授業ボイコットを取り止めるというものではなく、かつ、本件ボイコットによる悪影響について一言の釈明もなく、戦術上の便宜主義によつて昭和四七年四月以降は授業ボイコットを一応取り止めるという趣旨のものであり、今後学内暴力支持の運動を差し控えるという保証もなかつたので、なお控訴人を工学部の教学組織から排除し続ける必要があると考え、右決定を取り消さなかつた。

(5) 控訴人は、本件解雇は岡本が自己の考え方に反対する控訴人を排除するため、理事会をして控訴人を解雇させた旨主張するが、本件解雇は岡本がしたものではなく、被控訴人がしたものである。本件解雇については、工学部教授会が先議したうえ、学長が理事会の決定を仰いだが、その際、工学部教授会、学長、理事会は、それぞれ独立の機関として、他に干渉されることなく、その権限に基づいて責務を果たしたのである。

また、控訴人は、控訴人が本訴を提起したのは岡本に対する反対の意思を対外的に明らかにしたものであるとして、本件解雇がされた旨主張するが、右のような事実は存しない。ただ、被控訴人は、控訴人の本訴の提起が控訴人において本件ボイコットを反省し、要綱の精神を遵守して学内暴力を支持する言動を改め、今後本件ボイコット等と同種の行為をしないという保証が得られないことが確定的に明らかになつたという一つの状況事実として把握し、かつ、控訴人が今後も大学の秩序を乱し、業務を阻害するおそれがあるという本件解雇の理由を裏付ける事実として把握した。本件解雇を審議した工学部教授会及び被控訴人理事会にとつても、本訴の提起は右の意味以上のものではなかつた。

(6) 控訴人は、本件解雇が控訴人の思想、信条を理由としてした差別的取扱であり、憲法一九条、労基法三条に違反する旨主張するが、右主張は理由がない。

前述したところによれば、本件解雇の理由は、控訴人の思想、信条を対象としたものではなく、控訴人が要綱の精神を遵守せず、本件ボイコットに及んで大学の秩序を乱し、業務を阻害し、今後もその秩序を乱し業務を阻害するおそれがあるという具体的行動及びこれによる具体的危険を考慮したものである。その理由の詳細は、原判決事実摘示被控訴人の主張5(二)のとおりである。

(7) 控訴人は、本件解雇が解雇同意約款に違反し無効である旨主張する。しかし、控訴人の主張する昭和四三年一二月二五日付組合員の身分に関する協定(本件協定)は、昭和四八年三月三一日限り失効しており(乙第一六二号証の二)、本件解雇については組合の事前同意を得る必要はない。

また、控訴人は、本件協定が失効しても、労働協約の余後効の法理によりその効力は残存している旨主張するが、いわゆる事前同意協議約款については一般に余後効はないと解されている。すなわち、労働協約について余後効が認められる余地があるとしても、性質上その範囲は、本来の労働条件に限定して厳格に解釈すべきであり、身分に関する事前同意条項のような規範的部分についてまで拡大すべきではない。

のみならず、本件協定は、労働組合法一四条所定の労働協約ではない。すなわち、組合は、管理職を除く大学の教職員をもつて組織されるところ、そのうち教員は、教授会の構成員として教員の人事に関する事項を審議する権限を有するから(学則三七条、乙第一三〇号証)、教員の雇入、解雇、昇進又は異動について理事会、学長と並んで権限を有する監督的地位にある。ところで、職員と並んでかかる地位にある教員を構成員とする組合は、労働組合法上にいう労働組合ではなく(同法二条一項)、右組合員の身分に関する協定は労働組合法一四条にいう労働協約には該当しない。したがつて、本件協定は、契約法の一般法理に従い、その失効とともに協議約款の効力は消滅した。

次に、元来、教員人事は、解雇をも含めて学部教授会の審議事項であつて、教授会の議による結論が教授会以外の機関である組合の同意によつて左右されることは、大学の自治が組合により侵害されることとなり、到底認められないところである。したがつて、本件協定は、現実には専ら職員である組合員を対象としたものにすぎず、教員を対象としたものではない。

更に、控訴人は、被控訴人が昭和四七年一二月二五日付で組合に対してした本件協定の解除通告は本件解雇についての適用を排除することを目的としたものであり、権利の濫用として無効である旨主張する。しかし、被控訴人は、当時大学就業規則の作成作業をしていたところ、組合に対し当面支障となる五つの協約について解除通告をした際、たまたまそのうちに本件協定が含まれていたにすぎず(乙第一六二号証の一ないし三)、本件解雇を予定して本件協定の解除通告をしたものではない。現に、被控訴人は、昭和四七年一二月当時はもとより、昭和四八年八月に至るまでは控訴人を解雇することを考慮せず、控訴人が自宅研修の間に従来の行動を反省し、今後の行為について誓約して大学へ職場復帰することを望んでいたのであり、本件解雇のため本件協定の解除通告をすることを全く考えていなかつた。

のみならず、労働組合法一五条三項所定の労働協約の解約については、その性質上権利の濫用を認める余地のないことが明らかである。

三  証拠〈省略〉

理由

一当裁判所は、控訴人の被控訴人に対する本訴請求を原判決の認容した限度で正当として認容すべく、その余を失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決理由中控訴人と被控訴人に関する部分と同一であるから、その記載を引用する。

1  原判決三二枚目表一〇行目「第七三号証、」の次に「第二〇八号証の一ないし三、第二〇九ないし第二一三号証、第二一六ないし第二一八号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第二一四、二一五号証、」を加える。

2  同三二枚目裏八、九行目「証人」を「原審証人」と改め、一〇行目「同川口英雄」の次に「、当審証人小西嘉四郎、同西尾和弘、同大道寺達」を加え、一〇行目、末尾にかけての「原告及び」を「原審及び当審における控訴人、原審における」と改め、末行「原告」を「原審及び当審における控訴人」と改める。

3  同三三枚目表三行目「原告」を「原審及び当審における控訴人」と改める。

4  同四三枚目裏七行目「第一七四号証、」の次に「第二二〇号証の一ないし三、第二二一、二二二号証、」を加え、同行「証人」を「原審証人」と改め、八行目「関原栄増」の次に「、当審証人西尾和弘」を加え、九行目「原告及び」を「原審及び当審における控訴人、原審における」と改め、同行「原告本人」を「原審及び当審における控訴人本人」と改め、末行「原告」を「原審及び当審における控訴人」と改める。

5  同六二枚目裏一〇行目「原告に対し」の次に「解雇予告手当を提供して」を加える。

6  同六三枚目裏七行目「支給を受けていたこと」の次に「、夜間手当を含む給与の支払方法は毎月末日締切当月二四日支払とされていたこと」を加える。

7  控訴人の主張2、3について

控訴人は、要綱は不当であり、大学が要綱に基づき全共闘系学生である三浦ら四名に対してした除籍処分は不当であり、また、工学部教授会が昭和四七年一月二五日学生の処分については除籍を含まない処分をする旨決定していたにも拘らず、翌一月二六日再度審議し、除籍処分にする旨決定したことは一事不再理の原則にも反し不当である旨主張する。

しかし、大学の要綱は有効に定められたものであり、また、要綱に基づく三浦ら学生四名に対する除籍処分は大学の裁量の範囲を逸脱したものとはいえず、適法なものであることは、原判決の理由四1(一)(1)、(2)に説示するとおりである。

また、一般に同一の事由に基づいて、ある懲戒処分がとられたのちに再び別の懲戒処分をとることは、一事不再理の原則に照らし許されないものと解すべきである。ところで、本件においては、右学生四名に対する処分の経過は原判決の理由二2(一三)、(一四)に認定するとおりであり、右認定事実によれば、工学部教授会は、昭和四七年一月二五日全共闘系の学生である森脇孝幸及び石島豊久の処分について検討し、右両名について除籍を含まない処分をすることとし、具体的な処分の内容は学部長、学長に一任するとの結論に至つたが、いまだこれを外部に表明しなかつた。他方、同日開催された学部長会議において、学長代行であつた岡本は、右学生らに対する要綱に基づく処分としては除籍しかない旨の説明をしたところ、工学部教授会は、翌一月二六日右学生両名の処分について再度検討した結果、控訴人らの反対があつたが、多数の賛成により右両名を除籍処分にする旨決定したものである。

以上述べたところによれば、工学部教授会は、昭和四七年一月二六日右学生両名を除籍処分にする旨決定する以前に右両名についていまだ別の懲戒処分をとつたものではないから、右両名について同一の事由により二重の懲戒処分をとつたものとはいえないというべきである。したがつて、控訴人の右主張は採用することができない。

8  控訴人の主張4について

控訴人は、被控訴人の控訴人に対する本件解雇は岡本において第一次ないし第三次自宅研修命令により控訴人が自宅で従前要綱及び学生の除籍処分撤回の主張をしてきたことを反省することを求めたのに、控訴人が右反省の意を表明せず、工学部教授会への忠誠を表さず、学長の方針、要綱の遵守を誓約せず、従前の主張を変えなかつたことを理由とするものであり、控訴人が本件ボイコットを行つたことを理由とするものではない旨主張する。

原判決の理由三2(三)に認定した事実によれば、被控訴人の控訴人に対する本件解雇は、控訴人が昭和四七年一月二九日以降本件ボイコットをし、その後も工学部教授会からの本件ボイコット撤回の申入を無視し、岡本から命じられた自宅研修の間にもその態度を変えなかつたことを理由とするものであるというべきである。したがつて、控訴人の右主張は採用することができない。

9  控訴人の主張5について

控訴人は、岡本の控訴人に対する第一次自宅研修命令は一種の謹慎処分(出勤停止処分)としての懲戒処分であつて、業務命令ではなく、しかも、右自宅研修命令はその根拠がないところ、第二次及び第三次自宅研修命令は二重、三重の懲戒処分であり、その後された本件解雇は不当である旨主張する。

しかし、大学学長である岡本の控訴人に対する第一次ないし第三次にわたる自宅研修命令が適法な業務命令であつて、懲戒処分とはいえないことは、原判決の理由四1(二)に説示するとおりである。

なお、控訴人は、第一次自宅研修命令は前記控訴人の主張4第二段記載(1)ないし(5)の控訴人の言動を理由とするところ、右(1)、(2)は控訴人が昭和四七年二月二一日本件ボイコットの中止宣言をしたことによりその効力を失い、また、右(3)ないし(5)は控訴人の意見、主張をその対象とするが、これは憲法一九条により保障されている思想及び良心の自由に関するものであり、何人も非難することができない旨主張する。しかし、控訴人の本件ボイコットの中止宣言は、直ちに右自宅研修命令の効力を失わせるものと解することができないうえ、昭和四七年四月以降工学部教授会の要請どおりボイコットを即時中止するという趣旨のものではなく、現に控訴人はその後においても従前の態度を変更するような兆候を示さなかつたことは、原判決の理由四2(二)(1)(ロ)に説示するとおりである。また、労働者が憲法一九条により思想及び良心の自由を保障されているとはいえ、その信条に基づく行為によつて、その職場の規律を乱し、業務を阻害して他人の権利を侵害することは許されず、かかる場合に使用者が右労働者に対し業務命令を発して労働者の行為を是正しうることは当然の事理であり、これは、右のような基本的人権を侵害するものとは解されない。そして、岡本の控訴人に対する第一次自宅研修命令が正当であることは、原判決の理由四1(二)、(三)に説示するとおりである。したがつて、控訴人の右主張は採用することができない。

10  控訴人の主張6について

控訴人は、本件解雇が控訴人において従前の態度について反省、遺憾の意を表明せず、工学部教授会への忠誠を表さず、学長の方針、要綱の遵守を誓約しなかつたことを理由とするから、個人の内心の意思の自由に属する事柄について反省や誓約を表明することを強制するものであり、これに応じなかつことを理由とする本件解雇は客観的合理性を欠く旨主張する。

控訴人は、前述のとおり憲法一九条により思想及び良心の自由を保障されているとはいえ、その信条に基づく行為によつて、その職場の規律を乱し、業務を阻害することは許されないところである。そして、大学学長としての岡本において控訴人に対し自宅研修を命じた際、報告書、その他反省に類する文書の提出を要求したことは適法であり、これに応じなかつたことを理由とする本件解雇が違法といえないことは、原判決の理由四2(二)(2)、(3)に説示するとおりである。したがつて、控訴人の右主張は採用することができない。

11  控訴人の主張7について

控訴人は、本件解雇の真の理由が控訴人において要綱と学生処分の撤回を主張し続けたことにあるから、本件解雇は控訴人の思想、信条を理由とした差別的取扱であり、憲法一九条、労基法三条に違反し、無効である旨主張する。

憲法一九条、労基法三条によれば、使用者が労働者の信条、すなわち思想又は信条を理由として解雇を含む労働条件について差別的取扱をすることを禁止している。しかし、右各法条は、労働者がその信条に基づく行為によつて、その職場の規律を乱し、業務を阻害して、他人の権利を侵害することを許すものではなく、かかる場合に使用者が右労働者に対し解雇、その他所定の制裁を加え不利益な取扱をしうることは当然の事理であり、これは、右のような基本的人権を侵害するものとは解されない。そして、本件においては、原判決の理由三2に認定した事実によれば、被控訴人は、控訴人が要綱及び学生処分が不法、不当であるという信条をもつこと自体をもつて本件解雇の理由としたのではなく、控訴人が右信条により本件ボイコットに及んだのが不法、不当な抗争であり、これにより大学及び学生らに少なからぬ影響を与え、大学の秩序を乱し、その業務の正常な運営を阻害し、また、控訴人が本件ボイコットについて何ら反省をせず、今後も本件ボイコットを続けるかどうかについて明確な態度を示さなかつたことが解雇の事由に該当するとしたものである。したがつて、本件解雇は、何ら憲法一九条、労基法三条に違反しないものというべきであるから、控訴人の右主張は採用することができない。

12  控訴人の主張8について

控訴人は、本件解雇が被控訴人と組合との間の本件協定中の解雇同意約款に違反し無効である旨主張する。

(一)  〈証拠〉を総合すれば、控訴人は、昭和三八年一〇月一日被控訴人に雇用され、そのころ組合に加入したこと、被控訴人と組合とは、昭和四三年一二月二五日組合員の身分に関する協定(本件協定)を締結したが、本件協定には、「関東学院及び大学(甲)は、教職員組合(乙)の組合員に対する処分はすべてその処分の正当なる理由を(乙)が認めない限り行わない」と規定されていることが認められる。右規定にいう組合員に対する処分には解雇が含まれるところ、右規定は、労働組合法一六条にいう「労働者の待遇に関する基準」に該当し、いわゆる規範的効力を有するから、本来、右規定に反する解雇は無効と解すべきである。

(二)  次に、〈証拠〉を総合すれば、被控訴人は、昭和四七年一二月二五日組合に対し書面をもつて昭和四八年三月三一日限り本件協定を解除する旨の意思表示をし、右書面はそのころ組合に到達したことが認められるから、本件協定は昭和四八年三月三一日限り失効したものというべきである。そして、被控訴人が昭和四八年九月一八日本件解雇をするについて組合の同意を得ていないことは、当事者間に争いがない。

ところで、控訴人は、本件協定がいわゆる余後効を有する旨主張するので、検討する。

解雇同意約款は、前述のとおり労働者の待遇に関する基準を定めたものであり、労働協約のいわゆる規範的部分に属するものというべきであるが、これをもつて直ちに労働条件、特に解雇基準を具体的に規定した条項と同様のものと解することはできない。けだし、解雇同意約款は、本来、使用者の経営権の範囲に属する解雇基準の設定及び解雇の当否の判定という事項に組合が経営参加することを前提とするから、右条項が労働契約の内容となつていたとしても、これは、協約に定めた経営参加事項が有効に存続することを条件とするものだからである。そして、本件においては、前記認定事実によれば、本件協定が効力を失つたから、右解雇同意約款も当然に効力を失い、いわゆる余後効を有しないものというべきである。

(三)  控訴人は、本件協定がいわゆる余後効を有しないものであるとしても、被控訴人は本件解雇については組合の同意を得られないことを予測して、これより先昭和四七年一二月二五日組合に対し昭和四八年三月三一日限り本件協定を解除する旨の意思表示をしたから、被控訴人のした本件協定の解除は権利の濫用として許されない旨主張する

しかし、被控訴人が右のような予測の下に本件協定の解除をした事実を認めるに足りる証拠はない。その他本件協定の解除が権利の濫用であると目しうる事実を認めるに足りる証拠はない。

(四)  したがつて、控訴人の前記主張は採用することができない。

二よつて、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤榮一 裁判官篠田省二 裁判官関野杜滋子)

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